〜epilogue〜 Purple Wind


頭上で爆音が響くと、激しいうねりが起こってあっという間に巻き込まれた。
固く抱きしめていた手が解け、渦巻きながら離れて行ってしまう。
目を閉じて、白い光の泡の中を、自らの血の赤を纏って漂うように、まるで波に揺られて眠っているかのように・・・。
美しい。手を触れたら消えてしまうそうに儚く美しい。
ゆっくりゆっくりと、深い海へと落ちて行く・・・・。

はっと我に返った。

全力で水を掻き分けた。ふわりと抵抗を無くした手を必死に手繰り寄せ、水を飲まないようにとその口を自分の口で塞ぐ。
そうして絡み合ったまま、水面を目指して泡の渦の中を上へ上へと必死で上がった。息が苦しい。何度も引き擦りこまれそうになる。

(どうしたウィン。何をしている。これが二人の望みだったのでは無いか?このまま一緒に逝こう)

そんな言葉が聞こえる。いや違う、これはまやかしだ。海の魔物が囁いているのだ。渡さない。絶対に渡さない。もう一度そのその瞳を見たい。その声を聞きたい。
苦しい。何度も思考が止まりそうになる。でもこんな所で大切な人を失う恐ろしさに比べたらこんなものは何だと言うのだ。力を振り絞って手足を動かした。
肺も手も足も多分もう限界ギリギリの所で、水面を割り海上へと飛び出した。

「清劉様あ!」

息を吸う間も惜しんでようやく発することが出来た言葉に、答えは無かった。



体が浮いているような気がする。
急に眩しくなった。ここはどこだろう。
誰かがこちらを見ている。ウィン・・・?

「相変わらずですね」

逆光が眩しくて・・・輪郭しか分からない。でもこの声。

「ようやく真面目に生きる気になってくれたと安心していたのに。どうあっても自らを危険に晒さないと気が済まないその厄介な性格は直らないのでしょうね。いつか痛い目に会いますよとあんなに警告したのに。言わんことじゃないとはこの事です」
「野分・・・。野分なのか?」
「久し振りですね」
「なぜおまえが居る。ここはどこだ。俺は死んだのか?」
「自分の体は自分の物だ、どうしようと勝手だ、こんなものは要らない、早く死んでしまいたいと。あなたが無下に言い放つ度に自分がどんなに心を痛めたか知っていますか。全くいくつになってもそうやって大事な命を無駄にしようとする。こんなに強く賢く産んでもらった母君に申し訳無いとは思いませんか。出会った頃と全然変わらない。本当に困った子ですね」

ああこの感じ、懐かしい。俺はおまえに叱られたくていつもわざと悪さをした。軽口を叩いた。きっとおまえが俺の後ろに見ている者はしないであろうことを敢えてした。それでもおまえは俺を見続けた。いつもいつも見ていた。それが・・・痛いほどの・・・快感だった・・・

「さっきからグダグダ煩い。何なのだおまえは。俺に説教をしにわざわざ化けて出たか。幽玄になっても口うるさい嫌な奴だ。おまえこそ相変わらずだ」
「いいえ。自分はちょっと散歩をしているだけですから。海はいいですね。ここはあの岬と繋がっているのでしょうか。桜が見えますね。そうそうお父上が言っていました。あなたに日本の桜を見せたいと。まだ見ていないのでしょう?だったら早く戻りなさい、桜の時期は短い」
「・・・野分・・・」
「さあ。いつまでもこんな所に居ないで、早く行きなさい。あんなに呼んでいますよ、聞こえませんか。自分もそろそろ戻らなくてはなりません」

声?聞こえない。待て。もっと話がしたい。話したい事がたくさんある。こんな文句では無くて。本当に言いたかったことを。行ってしまうのか。また俺を置いて行くのか。

「野分、俺はおまえを」
「あなたはあなたですよ。・・・ありがとう・・・ずっと言いたかった・・・」
「あ・・・・」
「必死に呼び戻してくれる人の為に。生きなさい、自分で選んだ道を・・・」


雲の狭間から一陣の風と共に真っ白い竜が現れ、急速で近づいたかと思うとそのまま光の洪水に飲まれた。

清劉

激しく竜に押される体に重力を感じる。引き戻されていく・・・・・・・・

清劉

ああ、聞こえる、声が。そうだな、俺は置いていかれたのでは無くて。

自ら選んだのだ。おまえと出会う運命を。




拍手する

(2010/11)




戻る


 
 
inserted by FC2 system