On the street
14歳
 
知ってるか、五星の大琥が半殺しにされたって
嘘だろう。あの野獣が誰にやられたってんだ
分からない。五星の奴らは麒麟の仕業だって大騒ぎだが麒麟のボスは全く知らないと言い張ってるらしい
まずいな。ストリートが全面戦争になっちまう
ああ。しばらくは近寄らないに限る
 
 
知ってるぞ、あれだろう。2メートル近い大男。内陸の方から流れてきたらしいぞ
そんなのガセだろ。俺が聞いたのはやくざが裏町掃除に雇った殺し屋だって。ほら李家の
李家はそんなことしないだろうよ。五星が潰れたらあとは麒麟が仕切るだけだろ。あんなガキの闘争に関わらないさ
じゃあ誰だってんだよ
 
 
どうした、血相変えて何があった
見た。麒麟も全滅だ。もう誰も逆らえない
大男か?殺し屋か?
いや、子供だ。まだ子供だった
子供だ?まさか。おまえ落ち着けよ
竜・・・だ
は?
あの動きは人間じゃない。全てを破壊し暴れ狂う化物
おまえ・・・どうしたんだ。何を言ってる、どうしたんだ、目が・・・
見れば分かる。そしてあの美しさに心を奪われる。竜だ。竜神だ
・・・竜神・・・
 
 
 
 
17歳
 
 
「ロイヤルストレートフラッシュ」
 
場内が騒然とした。裏通りの店。酒と煙草とドラッグと、そして仕切りの奥では違法な賭け事。
 
かなり良い役を積み上げてきた挑戦者は直前で全てのコインを賭けていた。まさかの大逆転劇だ。
 
「ありえない!おかしいだろう!いかさまだ!」
 
そう叫んで立ち上がろうとした挑戦者を取り巻いていた者達が乱暴に抑え込んだ。
 
「頼む・・・もう一回だけ・・・」
 
床に押し付けられた男は目の前で悠然と白煙に巻かれ酒を煽る勝利者を縋るように見上げた。
数日前に誘われてその体を抱き、一度で我を忘れた。何でもするから、何でも与えるからもう一度付き合って欲しい、自分のものになって欲しいと懇願しチャンスを得た。その結果がこれだ。
 
勝利者は僅かに視線をおとすと優しく微笑んだ。
 
「テクも無ければツキも無い。でも割と好みの体をしていたからわざと負けてやってもいいとも思ったが、ここまで弱くてはそんな「いかさま」もできやしなかった」
 
「え・・・」
 
「俺は強運な者しか好まない。厄付きは失せろ」
 
 
嘲笑の渦の中、屈辱に顔を歪めながらずるずるとみじめに引き摺られて男は部屋の外に連れ出されて行った。
 
 
 
また何事も無かったかのように大騒ぎが始まった。新たなゲームを始める者もいる。
勝利者はそのまま最奥の席に移動し黙って煙草と酒を煽り続けている。横には入れ替わり立ち代わり人が群がっている。右横を陣取り勝手に火の番をし酌をする女は全く相手にされないことにもめげずにしつこく話しかけている。
 
「ねえさっきの、ほんとはどうやったの?全然ずるしてんの分かんなかった。あたしね、ずっとお話したかったの。これ外国の煙草?一本もらっていい?」
 
「・・・」
 
「ほんと喋らないのね。でもあたしおしゃべりな男は嫌いなの。すごく合いそう。ねえ・・・上の部屋行かない?」
 
「金目当てなら生憎だな。さっきの勝金ならその辺に捨てたし持ち歩く習慣も無い」
 
「だってお金はお父様が払ってくれてるんでしょ?すごい大金持ちなのよねえ」
 
「・・・」
 
「ねえ、女がダメってわけじゃないわよね。莉蘭があなたの子を妊娠したって言いふらしてる。でもあの女こそ金目当て。きっとお父様をゆする気だわ」
 
「そんな女は知らない」
 
「あんな性悪の醜女よりあたしの方がよくしてあげられるよ?ね?・・・ちょっとなに、ひっぱらないで!」
 
執拗に体を摺り寄せていた派手な女の手が引かれテーブルから引き剥がされていった。そのあとをハイエナのように別の者達が入り込んでくる。
 
 
「やめときな。おまえには無理だ。これ以上この辺で殺しをされたんじゃ店がやばいんだ」
 
「殺しい?あんたなんなの。ああもうせっかく隣をキープしてたのに取られちゃったじゃない、早く戻らな・・・」
 
「莉蘭は昨日川に浮かんだ。酔って橋から落ちたってことになってる」
 
「え・・・嘘」
 
「誰がやったのかなんて分からない。でも李嘉劉はただの親馬鹿の金壺じゃないしそれ以外にだってきっとあいつの気を引く為なら誰でも人くらい簡単に殺す。関わらないのがいい。あいつは人じゃない」
 
「人じゃないって・・・」
 
「賭けも色仕掛けも何の意味も無い。竜神が食うのは自分が気に入った餌だけだ。それは光栄なことかもしれないが、食われたら最後、あとは死ぬか狂うかしかない」
 
「・・・」
 
「一時はずいぶん落ち着いてたんだけどな。最近またストリートに戻って来たと思ったら輪をかけてどうしようもない奴になってしまってる。目がイっちまってるだろう。何があったんだか」
 
 
 
夜も更けた頃、視線の先に一人の青年が止まった。
立ち上がりまるでゴミを払うかのように周りで見上げる者達をかきわけてその青年の前に立ち一言二言耳元で囁く。
羨望と、そして憐憫の混じった目で周りから見つめられる青年。
人でないと言われた男と新しい生贄は、連れ立って夜のストリートに消えて行った。
 
 
 
 
22歳
 
 
入口のドアがカラカラと鳴り、隙の無い身のこなしで一人の男が入って来た。
一瞬店の中の全ての者の視線が集まった。
 
「あれって・・・李清劉?」
 
「うそ・・・本物!?」
 
「そうだよ、絶対!」
 
そのまままっすぐにカウンターに向かう。誰もが道を開けて仰ぎ見るようにそれを見送る。
 
 
「この店がまだあるとは思わなかった。一番いい老酒をストレートで」
 
「これは驚いた。何年振りだ。ずっと来なかったのがいきなり現れて滅茶苦茶やってったと思ったらまたぱったり来なくなって。死んだって言われてたぞ。何してた」
 
「家の仕事と、この間までは大学にも行ってた。死んだ方がましな生活だ」
 
「へえ。大学。それにしてもあんなに嫌がってた家業を継いだか。それは大変だな」
 
「継いだのは長兄だ。俺はただの修理屋だ」
 
「修理屋?」
 
「人間の。うちの奴らはまともな病院に診てもらえない怪我をしてくるから自前で直すしかない」
 
「ああなんだ、医者をやってるのか。いやあすごいじゃないか。あのどうしようもない不良少年が偉くなったな」
 
出された老酒を一気に飲み干した。
 
「これが一番いい酒か?どれだけ薄めてるんだ。相変わらずぼったくりの最悪な店だな」
 
「ああ安酒しか無くてすまんね。ここは元々李家のお坊ちゃまだの医者様だのが出入りするような上品なお店じゃあないんでね。でもほんと、おまえがまたこうして来てくれるなんてなあ。店は何度も閉めようと思った。でも閉めないでよかったよ」
 
「さすがに昔の奴らはもう出入りしてないのか。知らない顔ばっかりだ」
 
「いろいろ煩いご時世でね。ここはもうただの潰れかけの安酒場だ。いかれた奴らは他所に行ったんだろうよ。はは、でも見てみろ、新しい客だってみんなお前を知ってるようだぞ?ほら伝説の竜神に話し掛けたくてうずうずしてる。昔と同じ光景だ」
 
「俺はつまらない普通の人間だ。今も昔も」
 
 
 
「雨が降って来たようだな。そろそろ店仕舞だ」
 
「ここなら朝まで居られると思ったのに。健全な店になってしまって面白く無い。じゃあおまえの部屋に行く」
 
「魅力的なお誘いだが残念なことに俺はもう所帯を持っちまって狭い部屋にガキが4人も転がってんだよ。じゃあ、あれなんかどうだ。なかなかいい男だろう?皿洗いと掃除で雇ってる苦学生だ。情をかけてやってくれよ。おい琳。ちょっとこっちに来い」
 
「はい」
 
「今日このお客さんをおまえのところに泊めてやってくれないか」
 
「え、うちですか。あんな狭くて汚い所にこのような・・・」
 
「大丈夫だ、こいつはどうせ眠らないから雨風だけしのげればそれでいいんだ。な?」
 
 
今日は片付けはいいからと言われ恐縮しながら横を歩く若者。
黒髪と物腰と体つきが少しだけ・・・似ている気がする。
 
「本当にすみません、こんなところで。今お茶を。それと何か食べ物を・・・」
 
「酒と殻入れだけあればいい」
 
「すみません、どちらもうちには・・・」
 
「そうか。ならいい。こっちが勝手に来たんだ。何も気にするな」
 
「ベッドを使ってください。俺はこっちの椅子でいいんで」
 
「悪いな」
 
 
突然厄介者を押し付けられたというのに怒りもせず逆に恐縮しまくっているなんてどれだけお人よしなんだ。これではこの世知辛い世の中で生きていけないだろうに。それともこれが本来の人間の姿か?俺がおかしいだけなのか?ただ人を破滅させるだけに生きている俺が。
 
そう。こんな真面目な善良な者ですら。
堕ちてくるのだ。自分の上に。
ほらもう、目が俺を欲している。
呪わしいこの体に引き寄せられてそして・・・
 
 
「学生と言ったな。何を勉強している」
 
「経済を勉強してます。勉強の時間がなかなか確保できなくて大変です」
 
「俺の従兄弟も北京大学で経済学を勉強していた。今イギリスに留学している」
 
「それはすごいですね。とても羨ましい。夢のような話です」
 
「うちに留学を世話できる制度があるらしい。もしおまえがその気なら話をしてやるが」
 
「ほ、本当ですか。でも・・・無理です。そんなお金は・・・」
 
「俺が買おう」
 
「買う?」
 
「おまえを。買ってやる」
 
「え、そ、それって・・・」
 
「俺では不満か」
 
「とんでもないです!あ・・・あの・・・いいんですか」
 
 
 
 
雨は上がったのか。窓から見える黄色い月。またあれに狂わされる。
空しい。そう思いつつもこうしてひと時の快楽に溺れずにはいられない。
 
俺はどこで間違った?そもそも最初から間違いだったのか?ならばこうして生きている理由はなんだ?
 
いつか出会えるはずと、そんな馬鹿げた夢を見て、ただひたすら目の前の快楽で自分をだまし続ける。無理だ。あるはずが無い。終わりにしたい。誰か俺を・・・
 
 
 
「おい腕をほどけ。帰る」
 
「ん・・・あ・・・もうこんな時間・・・でもまだ外は薄暗いですよ」
 
「十分だ、これは宿泊費代わりに」
 
「翡翠じゃないですか。こ、こんな、いただけませんっ」
 
「金は持っていない。要らなければ捨てろ。留学の話は上に通しておくからその気になったらここに連絡しろ」
 
「あ・・・あの・・・」
 
「世話になったな。じゃ」
 
「待って!あの・・・また・・・会えますか?」
 
愛することも愛されることも知ってはいる。でもそれが究極のバランスで絡み合って決して壊れない強固な思いにならないのであれば、死に狂うほどの快楽を伴って共に昇天するほどのものでないのなら。その程度の代物なのであれば。
 
要らない。
 
 
「同じものを二度買う必要は無い」
 
「・・・」
 
 
絶望できるのは少しでも希望を持てた者の特権。
絶望の中で頭を抱える、まだ夢を追える若者に羨望の気持ちを微かに感じつつ。
希望の欠片も持ち合わせない自分はまた紫に染まり始めた冷たいストリートに戻るしかないのだった。
 
 
 
 
28歳
 
 
 
「清劉、どうしたんだ、ひどい顔色だぞ」
 
「ああ、ちょっとここのところいろいろあって。酒をくれ。その前に水」
 
「おいそれ・・・薬だけはやらないのが最低最悪のおまえの唯一の救いだったじゃないか。それはだめだ、死ぬぞ」
 
「薬に耐性を作ってしまったからこれくらいのアッパーを使わないと正気が保てない。もう一週間以上寝ていないし食べ物も受け付けない。むしろこれで生きている」
 
「馬鹿な。やはりあの噂は本当だったんだな、李家が分裂して殺しあってるって・・・なんてこった」
 
「俺は関係ない。周りが勝手にやってるだけだ。ははは、俺を殺したけりゃさっさと殺せばいいのに、脆弱な馬鹿ばかりでどうにもならない」
 
「どこか身を隠してた方がいいんじゃないか?」
 
「この街が一番落ち着くんだ。死ぬならこの路上で死にたい」
 
「そうか、逆に安全か。勝手知ったるこの街で簡単におまえを殺せる奴はいないだろう」
 
いや、そうでもなさそうだ。この間から張り付く視線。
今までの雑魚とは違う。多分。かなりの圧力。殺気。大物だ。
馬鹿どももついに本気を出してきたらしい。
 
これでようやく終わりになるのかもしれない。
ならば最後に。死ぬ前に行きたい場所がふたつある。重い体を立ち上げた。
 
「帰るのか?大丈夫なのか?」
 
心配声に軽く手だけで答えて店を出た。生きていたらまた来ると、いつもの言葉はもう言わない。ゆっくりと街を歩く。14で初めてここに来た時からの思い出が、脳裏に甦る。
 
 
ひとつはチェンが住んでいた家。唯一俺を眠らせてくれた優しい腕を想う。イギリスで苦労しているだろう。何もできなかった俺を許してくれ。どうかその才を活かしてこの辛い世を生き延びてくれ。
 
そしてもうひとつは野分と過ごしたあの場所。あの時間だけは、俺は生きていた。
できることならもう一度会いたかった。もう一度・・・
 
 
 
 
突き刺さるような殺気を感じ振り返った。心臓に向かう銃口よりも、目はその先を捉え、体は全ての動きを放棄した。
 
ああ・・・最後に竜の神が願いを聞き入れてくれたようだ。
 
おまえが見える。おまえが俺を殺しに来てくれた。ずっと待っていた。嬉しい。こんなに幸福な気持ちになれるなんて。
 
銃声が響き、未だかつて感じたことの無い快感が体を貫いて・・・そして・・・
 
 
End
 
 

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(2012/02)
 

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