Shiny Town
 
清劉が珍しく難しい顔をしている。
昔はいつも憂いを秘めた顔で遠くを見ていたが、最近は一皮むけたかのような穏やかな柔らかい表情になっていたのに。何があったのだろうか。衣食住の心配も身体的な悩みも全て自分が解決して差し上げなくてはと張り切って声を掛けてしまったウィン。
 
「何か困ったことでもありましたか?悩みがあるなら言って下さい」
 
なぜ悩んでいるのが分かったのだと言わんばかりに驚いた目で見つめられた。
 
「いや・・・悩みと言うか。それをおまえに言うべきかを悩んでいた」
 
「よく分かりませんが遠慮なんかしないで私には何でも言って下さい」
 
それでもまだ少し躊躇するように口ごもっている。最近ますますやりたい放題我儘放題の清劉がそんな遠慮がちな態度を取るのはとても珍しいことだったのでもしかして結構大変な悩みなのかとウィンの表情に少し緊張が走った。
 
「知られてしまった」
 
「な・・・何が!?誰に!?」
 
「誕生日がトルーファに」
 
「は・・・はああ?」
 
何だそんなことかと一瞬安堵したものの、次の瞬間にはウィンの額に新たな汗が噴き出てきた。
確かにこれは大変なことだ。下手するとこの家は間も無く金銀財宝で埋め尽くされ人が住む間も無くなるだろう。いや、家に入りきる物が届くとは限らない。車、ジェット機、はたまた象やラクダ。そして何より恐れるべきは、あの無鉄砲王子本人が襲撃して来ること・・・。この辺一帯がパニックに陥ることは容易に想像できる。
 
「どうしてそんな。誰がばらしたのですか」
 
「チェンだ」
 
「あのペテン師!」
 
「チェンを責めるな。外交官を通じて正式な文書で質問されたらしい。王族に嘘を答える訳にもいかないだろう」
 
「あの嘘の塊の男が今更何だって言うんですか!って言うかそんなことわざわざ正式文書で質問する王子もおかしいでしょう!」
 
「困ったな。ここに来られるよりは俺が行くべきか」
 
「いえ。そんなことはしなくていいです。大丈夫です」
 
「何か手があるのか?」
 
「ええ。こういう時に使う日本語の良いことわざがあります。逃げるが勝ちです」
 
「逃げる」
 
「逃げましょう」
 
「どこに」
 
「丁度近々香港で仕事をすることになっているんです。近いし数日単位の通いで十分と思っていましたが、この際ですから長期滞在にします。明日からでも行きましょう」
 
「んー。俺も行くのか?」
 
「行かなきゃ話にならないでしょう!」
 
「面倒だ」
 
「もっと面倒なことになりますよ!ラクダに家を占拠されたくなければ今すぐ支度をして下さい!」
 
「ラクダ?何でラクダが・・・」
 
「さて、ではホテルを予約しましょう。同じところにしますか?それとも気分を変えて一週間くらいで移動しますか?」
 
「おまえの好きにすればいい」
 
理由はどうあれ久しぶりの旅行だと少し浮かれている自分とは対照的に本当に面倒臭そうに前髪を弄んでいる清劉。引き籠り度は加速する一方だ。
なのにその怠惰な唇からいきなり吐かれた言葉は思いもかけない物だった。
 
「香港か。せっかくだから知り合いを訪ねてみよう」
 
「え、知り合いなんていたんですか」
 
「失礼な物言いだな。俺は昔からずっとこんな生活をしていた訳じゃ無い。それなりにいろんな方面との付き合いもあった」
 
「それはそうでしょうが・・・どなたでしょう」
 
「医者」
 
なぜはその言葉には過剰に反応してしまう。思わず言葉が詰まった。
いや、何も不思議なことは無い。清劉は医学部出身なのだから。
 
「どういった知り合いのお医者様ですか」
 
「おまえも知っていると思うが。以前うちで顧問医という名目で働いていた桂舜華」
 
「ああ、桂先生ですか。覚えてますよ。でもあなたとそんなに親しかったとは知りませんでした」
 
「大学で同じ専攻だった。俺は親父の口添えの裏口入学だから当然授業になんかついていけなかったから頭の良さそうな舜華に目をつけた。あれは実家が代々漢方医だったからか薬学の知識が物凄かった。器用だから何でもできたし何よりおとなしくて俺に逆らわないからいいようにこき使った挙げ句にうちに連れてきて裏の仕事までさせた」
 
「ひどいですね、あの大人しそうな先生に学生時代からずっとそんな非道を働いていたなんて。おかしいと思ったんですよ、あんな穏やかな先生が闇医者仕事なんて」
 
「舜華がそれを望んだ」
 
「またそうやって何でも自分中心に・・・分かりました。では連絡を取っておいて下さい」
 
「連絡先なんか知らない」
 
「知らないなら訪ねようがないですね」
 
「秀徳なら知っている。連絡を取るように言っておいてくれ」
 
「何なんですかそのやる気の無さは。本当に会いたいのですか?気まぐれで用事を頼むと秀徳にまた叱られますよ?」
 
そんな適当な清劉の態度もあってその時はまださほど大事には思っていなかったウィンであったが、数日後には清劉の無事と李家解体のある程度の事実を知っている極々少数のVIPの中に桂舜華が含まれていたということに驚き、更に二人の不可思議な関係に首をひねることになるのだった。
 
 
飛行機でもいいかと思ったけれど時間はいくらでもあるので電車で移動することにした。なんと驚いたことに清劉は電車に乗るのは初めてだと言った。
平静を装っているものの窓の景色を見る顔は少し興奮気味に見えた。その顔を愛おしげに見つめながらそう言えば銀鼠も電車に乗りたがっていたなとウィンはふと思い出し、それを叶えてやれなかったことを後悔した。イギリスでも電車に乗る機会は無いだろう。また来てくれればもっと色々と案内したいがそれはやはり難しいことなのだろうか。
しかし何であれ人が喜ぶ顔を見るのは嬉しい。ましてやそれが最愛の人であればなおさらだ。
 
 
何だかんだと初めての電車の旅を楽しみ、仮眠から目覚めた頃に雲の届くかのような高層ビル群が見えてきた。
 
「なぜだろう、ここは初めてなのに懐かしい気がする」
 
「上海と似ていますからね」
 
時間はかかったものの電車の旅をこんなに喜んでくれたのならいっそのことこのまま地下鉄で移動をとの提案は疲れたという理由で却下された。
 
「はあ。あなたは本当に気まぐれですよね。一体何をすれば心から喜んでくれるのか本当に分からない」
 
「拘束。動けないくらいの」
 
怪しく視線を流して清劉が即答した。もちろんそれは身体的な意味であって心を縛られる気はさらさら無いくせに。しかしそんな目で誘いを掛けられると、それでもいいと思ってしまう正直な欲望が湧き上がりそうになりウィンは慌てて外へと気を逸らした。
 
「あなたの気まぐれは今に始まったことでは無いのでもう諦めます。ではタクシーで行きましょう」
 
「一刻も早く。もう待てない。・・・だろう?」
 
「別にそんな余裕が無い訳じゃありませんから」
 
「ははっ。ウィンが大人になってしまってつまらないな」
 
「・・・もういいです」
 
せっかくだから香港の夜景を楽しみたいと言うリクエストに応え予約していたのはビクトリア湾を一望できる最近新しくできたばかりの超高層ホテルだった。
とにかく何でもかんでも取り揃えられた長期滞在にも対応できるホテルとの触れ込みで、各界の大物がお忍びでやってくるようなランクの所らしい。
気まぐれに合わせて適当に数泊ずつでホテルを変えようとウィンは思っていたのだが、清劉はこの何でもあって外に出なくても全ての用が足りる状況が気に入ったようで暫くはここでいいと言った。
 
豪華な施設を使う暇も無く本来の目的である仕事をこなす為に慌ただしく出入りするウィンとのんびり気ままに怠惰に過ごす清劉。相変わらずの光景だったがやはり平穏な日々・・・には程遠い何かしらの問題が起こる。
暇つぶしにホテル内のジャグジーに出掛けた清劉は、そこで誰でも名前を聞けば知っているイギリスの元デザイナーであり現在は繊維業界の会長である某大物と知り合い気に入られ、今度のパーティに招かれたと言うのだ。そして服が無いと断った清劉宛に大きな衣装箱が届けられた。
 
「ジャグジーで知り合ったと言うからには・・・裸だったということですよね」
 
「おまえは服を着て風呂に入るのか」
 
「怪しい目的じゃないのですよね?」
 
「老人だぞ。もう枯れてるだろう。もっとも俺は老人だろうが好みのタイプなら気にしないが」
 
「まあいいですよ、パーティのお誘いくらい。ずっと引き籠っているのも不健康ですしね・・・」
 
「ああそれと」
 
「他にも知り合いを作って来たんですか?今後ジャグジーには出入り禁止です」
 
「ジャグジーじゃない。上のバーで飲んでいた時に隣にいた男に話し掛けられた」
 
「・・・それで?」
 
「ただのナンパなら無視する。でもそいつは堅気じゃなかった。そして俺を李清劉だと知っていた」
 
「・・・誰ですか」
 
「輝夜。知っているか?元々李家と同じ流れをくむ華僑系の組織だ。むこうもプライベートで飲みに来ていただけのようだしどのみちもう俺には関係の無いことなので普通に自分のペースで飲んでそして別れた。確か王、と名乗っていた。俺の記憶が正しければ今の輝夜のトップだ。意外に若くて驚いた」
 
「なんと恐ろしい人とよくもまあ一緒に平然と酒を飲んでいられますね」
 
「大したことじゃない」
 
「呆れてるんです」
 
表向きは病気で引退し遠方で療養していることになっているので本当はその筋の知り合いに会うことは避けたいところなのだが、別にどうとでも言い訳はできるし李家が解体して清劉は一般人として暮らしているのは変えようも無い事実なのだからそこまで神経をとがらせなくても良いと最近は割とルーズに考えていたのだが。
 
何と言うかこの人にはそういう理由とは別の部分で隠遁した暮らしを送って欲しい、人前には出ないで欲しいと切に願い、そしてずっと迷っていたことをやはり実行しようと意を固めウィンは仕事用のカバンを探り小箱を取り出した。
 
適当に服を肩に掛けただけで全面ガラスの前に立ち、ビクトリア湾を見ている清劉。その背後に立ち髪をかき上げ、白く細い首に箱から出した煌めく細いゴールドを回し付け、先端に付いた鍵をカチャリと閉めた。
 
「何だ?」
 
「鍵をかけました。首枷です」
 
「拘束するならもっとちゃんとしたらいい。これでは枷にならない」
 
「一応言っておきますが物の例えです。・・・今の仕事相手は宝飾関係でこれはそこの新作で・・・恋人にどうぞと勧められたんです。安くしてもらいましたがそれでも結構高価なので引き千切らないで下さいよ」
 
窓ガラスが鏡のようにその金色の輝きを映した。そしてそれは同時に背後の、大胆な行動をした割にはおどおどした不安げなウィンの表情も映し出していた。清劉はふっと笑ってすぐ後ろの広い胸に頭を傾け斜め上を見上げた。その破壊的に悩ましい上目づかいにウィンの鼓動が早まり、それを聞いた清劉はますます嬉しそうに笑った。
 
「ふふん。これで俺はおまえの飼い犬という訳か。まあ確かにそんなようなものだ。でもなぜゴールドなんだ?紅石のプラチナと合わないじゃないか」
 
「鍵とかそういうのはスルーして素材に文句ですか。別に指輪と合わせようなんて思ってませんから。そちらを外せば問題無い話です」
 
「本当におまえは心が狭い。でもおまえに拘束されるのは好きだ」
 
そんなセリフで煽っておきながら何食わぬ顔でまた外に目を向けた清劉の肩を掴み、ウィンはくるりと自分の方に向き直らせた。反動で揺れたゴールドの首輪にネオンが反射して七色のプリズムを作った。
 
「夜景を見る為にこのホテルにしたのでは無かったか?これでは見られない」
 
今にも食らいつきそうに麝香を放っているくせに、平然と焦らす清劉についにウィンの理性も切れた。
 
「見ながらの方がいいですか?構いませんよ。私はその体勢の方がいいので」
 
肩の手を離さぬまままたくるりと外の方を向かせるとさすがに憮然とした顔が窓ガラスに映った。
 
「さっきから何だ、くるくる回すな」
 
「すみません」
 
一応そう謝りながらも既にスイッチの入ってしまったウィンは器用に服を剥ぎ取り感じる部分に手を這わせ首筋に舌を這わせた。
 
「あ・・・首輪をつけて後ろからなんてまさに獣みたいじゃないか」
 
「今日はこのままでいいですよね」
 
「ご主人様の命令なら仕方無い」
 
珍しく許された体勢のままでウィンは感じるところを隈なく攻めあげた。そして迫り出された秘部を存分に舐め解し猛る高ぶりを押し当て踏み込み揺り動かすと、ようやくおしゃべりが止み代わりに熱い吐息が絶え間無く漏れ始めた。
 
ガラス窓に映るあられもない姿。そして快感を素直に表す官能的な表情。
 
「ああもうせっかく主導権を握れたというのにその顔は何なのですかっ」
 
そう、いつもの態度や口ぶりとはまるで違うこの表情。可愛くてそして淫らなその姿を目にしてしまうとウィンは情けなくもあっという間に果ててしまいそうになる。それもこの体勢を欲する理由の一つだったのに。
必死でそれに耐える為せっかくの夜景を見ることなく固く目を閉じたままウィンは溢れ返る甘い熱を貪り続けた。
 
「確かにこうして自分の顔を見ながらは・・・変な気分だな。俺はいつもこんなおかしな顔をしているのか」
 
「おかしくなんか無いです。夜景よりずっと綺麗だ」
 
「おまえが・・・そんな言葉を言うと・・・それこそおかしい・・・ははっ」
 
「またおしゃべりが始まった。足りないのならこちらも本気を出しますよ?本当にガチガチに縛り上げて、口にも枷を付けましょうか?」
 
「やはりおまえはそういうのが好きなんだな・・・んっんんっああっそこ」
 
「ここ?」
 
「はっ」
 
「ここがいい?」
 
「や・・・あーっ」
 
いつもとは違う体位で体奥に与えられた刺激だけで達した清劉の悦楽の証が窓に飛び散り七色の光を乱反射させた。
思わず目を開き夜景に重なるその最高に淫らで美しい表情を見てしまったウィンもまた耐えきれずに達してしまった。
 
「すみません、夜景は堪能する間も無かったですね」
 
「もういい・・・続きは・・・ベッドで・・・」
 
 
眠ることを知らない不夜のまばゆい灯が揺れる中、同じく眠らない二人の淫らな夜は延々続くのだった。
 
 

につづく

 
 

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(2012/08)
 

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