Crazy for you
 
 
この間行ったシベリア方面があまりにも寒かったという恨み節を毎日毎日延々と聞かされるので、だったら熱いところに行きましょうとやって来たこの亜熱帯の島。
ここは元王族の隠れ宿らしく豪華な割には大変ひっそりして、何も無いのは先刻の北国と同じではあるけれど、割と気に入ってくれたらしく今の所理不尽な文句は言わないでいる。
基本的にあまり衣服を身に着けるのが好きではないらしいので、厚着をしなくてはいけないような場所はそれだけでストレスなのだろう。
ホテルの裏は鬱蒼とした森になっている。一応管理はされているしさほど危ないこともないという話だったので散策に出かけることにした。
木々には鮮やかな花が咲き乱れているが、毒を持つものもあるので実には手は出さないようにとホテルの方からさっき注意を受けた。まるで貴方のようですねなどと思いつつはぐれないようにと必死に後を追う。全くどうしてこんな道無き道をそんなに飛ぶように歩けるのか不思議で仕方が無い。
途中で枝から鮮やかな色の蛇が落ちてきたが全く気にせず素通りして行く。巨大なヤモリや蝙蝠にも目もくれない。肩に落ちてきた蛭も、ひょいと摘まんで放り投げた。
・・・やはり弱点は・・・あれだけなのか・・・。
もしあれと一緒に幽閉でもされたらさすがのこの人も陥落するのだろうか・・・等と考えていると、それまでぐいぐいと勝手気ままに進んでいた清劉が立ち止まっていた。
何かを一心に見ている。
果実・・・?
 
「すごくいい香がするな。こんなのは初めて見た」
 
そう言うと引き寄せられるように手を伸ばし、それを手に取った。
そして顔に近づけて目を閉じ溜息まで吐いている。
どうしたのだろう。ふざけている様には見えないのだが。何かは分からないがそのような恍惚顔をする程の香はその果実からは全く感じない。
 
「私には青臭い葉の匂いしかしません。まだ熟れていないのではないですか?」
「おまえ・・鼻が悪いのか?」
「そんなことは無い筈ですが・・・ちょっと!だめですよ、よく分からないものをそんな不用意に口に含んでは!」
 
ほんの一瞬の隙に清劉は得体のしれないその果実を口にしてしまった。
 
「やはり美味いぞ。おい何をそんなに慌てている。例え毒があったとしても何か問題があるか?」
「そうですがでも・・・」
 
それは分かっている。嫌と言うほど見て来た。どんな劇薬も貴方には効かない。でもこの実はどう見ても怪しい。どうして人を選んで香を放つのだ。もちろん自分も口にしてみたが青臭いばかりでとても飲み下せる代物では無かった。
普段食べ物に全く執着しない、しかもどちらかというと甘い物は苦手の筈の清劉が子供のように口の周りを果汁で濡らして無心にその実を貪っている。
なんともエロティックな光景に思わず体が熱くなる。
全て食べ終わると名残惜しそうにその細い指を一本ずつ舐めあげている。ああ、もう・・・こんなに心配しているのに、そんな挑発は止めて下さい。
 
「手をこちらに。拭きます」
「おまえも舐めてみるか?」
 
口の前に濡れた指を差し出す。
その不味い果実は二度と口にしたくは無いのだが、清劉の指を舐めるのは嫌いでは無い。
人差し指を口に含みゆっくりと舌で舐め上げた。果汁は不味いがそんな不味さも打ち消すしなやかで美しい指の味を存分に味わってからゆっくりと口を離した。
見つめられている。潤んだ目。濡れた口元。紅潮した頬。
まずい・・・部屋まで我慢できるだろうか。
体は一瞬にして緊迫状態になってしまった。
大丈夫だろう、こんな所に人は来ない。下草は湿っているし蛭もいるから立ったままで・・・
といった淫らな思考と伸ばした手は、艶やかな声に遮られた。
 
「部屋に戻ろう、ウィン。何故だろう、すごく眠い。時差ぼけだろうか」
「あ・・・あ、はい。そうですね。最近忙しくて睡眠不足でしたし。部屋でゆっくりしましょうか」
 
あ・・・誘惑・・・ではなかったのですね。でも部屋に戻ってからということでいいんですよね?まさか本当に眠ってしまうのでは無いですよね?!

という心配がどうも本当になりそうな気がしてきた。
部屋に着くと清劉は気だるそうにソファにもたれかかり、今にも目を閉じてしまいそうだった。
 
「清劉、食事はどうしますか」
「・・・要らない。ああ、喉が渇いたから酒だけ・・・」
 
また食事をしないのか。いや・・・さっき果実を食べたから何も食べていない訳では無いけれど・・・。
などと考えている間にも瞼が閉じてしまいそうなので慌てて冷やしておいた果実酒を開けた。
 
「甘いな。他のは無いのか」
 
不機嫌にそう言って眉間に皺を寄せる。
やはり甘い果実が好きな訳では無いのに。さっきのあれは何だったのだろうか。バーカウンターで他の酒を探していると、清劉は水をを飲むようにボトルを開けるとそのまま奥のベッドへと向かい、天蓋から垂れ下がる布を上げて中に入ってしまった。
 
「え、もう寝るんですか?」
「眠りはしない。横になるだけだ」
「具合でも悪いのですか?」
「そうだな、少し体が熱い」
 
慌ててベッドを覗くと確かにいつもより頬が赤い。潤んだ目で見上げられて思わず背筋がぞくりとした。
具合が悪いというのに不埒な真似をする訳にもいかない。必死に理性を働かせているというのに何と言うことか清劉はいきなり全ての衣類を脱ぎ去った。
 
「な・・なにをして・・・」
「熱い。すごく熱い。ウィン・・・体が熱い・・・」
 
どうしたことだ。これは・・・?
いつものお誘いとは何かが違う。
見つめる目にいつもの射ぬかんばかりの力が無いのだ。額に手を当ててみた。熱はないようだが、しかし体はしっとりと汗ばみ芳香を放ち、半開きの口からははあはあと熱い吐息が漏れている。
 
「具合は・・・大丈夫なのですか?」
「だめ・・・ウィン・・・来て・・・」
 
もう例え本当に具合が悪くて熱があるのだとしても、こんな状況で来てと言われて我慢などできる筈が無い。自分も服をかなぐり捨ててベッドに入りその湿った熱い体を抱き締めて口付けた。
舌も熱い。熱くて甘くて溶けてしまいそうな・・・。
回された腕に力が無い。いつもの乱暴で高慢な抱擁とは違う躊躇うような柔らかな感触。
外見は中性的であるものの内面はとても男らしい方なのでその体を抱く時に女性を彷彿させたことは無いのだが、目の前で柔らかくしなる薄桃色の体はいつもの何百倍も可愛らしく艶やかで、とても男性体であるとは思えないほどだ。
思わず確かめるように足の間に手を伸ばすと、確かに男性である証拠が張り詰めて露を帯びて震えていた。
何度か掌で摩りあげ包みこんでから、腰を抱えあげてそれを口元に持って来た。
 
「あ・・・いや・・・恥ずかしい」
「・・・!」
 
失礼ながら驚愕する。貴方に恥ずかしいなんて感情があったとは!
いつもこれ見よがしに一糸纏わぬ姿でうろつき、無駄にフェロモンを撒き散らし、所構わずこちらが恥ずかしくなるようなことばかりをされるのに。
口での奉仕はたいてい拒絶される。それは自分の口淫が上手くないせいだと思っていた。懸命にいつも清劉にされるようなテクを真似てみるのだがきっと自分が味わう最高の快感には程遠いのであろうと。
でも今日は様子が違う。本当に恥らっているようなのだ。必死に隠そうとする手を遮り、半ば強引に目の前の薄桃色の果実を口に含んだ。昼間のあの不味い果実の比では無い最上級の甘い蜜。敏感な部分を舌で擦り上げながら、同時に溢れた蜜を使い後孔を優しく刺激する。
 
「いや・・・やめ・・ああん・・・」
 
止めるなと言われることはあっても止めてと言われるのはそうそうあることでは無い。命令は無視して更に刺激を与え続ける。少しずつ指先への抵抗が緩まりまさに食べ頃の果実のような柔らかさで迎えられる。既に片方2本づつの4本の指を咥え込んでいるその場所の奥の一番いい所をさすると、一際高い喘声を響かせたと同時に口の中に果汁が弾けた。
 
「馬鹿・・・そんなことするから・・・」
 
涙目で見下ろす美しい顔に目を向けたままでその甘い汁を飲み下すと、これでもかと赤面して目を逸らした。
何なのだ、これは。清劉はどうしてしまったのだ。いやもう何も考えられない。だめだ。辛抱できない。
薄い体をひらりと返して足を開いた。
なんて綺麗な背中なのだろう。ごくりと喉が鳴る音が自分でも聞こえる。こんな部分すら最高の美を誇るなんてどれだけ贅沢に出来上がってる体なのだ。
無駄な肉は無いのにただ骨ばかりなのではなく、筋肉がしっかりとそれを覆って本当に彫刻像のようななめらかな曲線を絹のような肌が包んでいる。そこを滴る香る汗を舐め上げると、小さく震えて艶めく声をあげた。
普段はいきなり後ろからはあまりさせては貰えない。恐らく屈辱感を感じるのであろうからそこは無理強いすることは無い。
しかし今日はダメだ。向かい合ってこんな可愛らしい顔を見ながらでは自分がどうなってしまうか自信が持てない。常人の理性の範疇を超えてしまいそうだ。今日は全く抵抗できないでいる細い体を壊してしまうかもしれない。
既に十分緩まった入り口に痛い程に張り詰めた自分のものを当てると世にも美しい肩甲骨がぴくりと震えた。
 
「いいですか?」
「いや・・・こんな格好・・・恥ずかしい・・・」
 
またそんなことを。それは何か新しい遊戯なのですか。そんな首筋まで真っ赤に染めてシーツを握り締めて。こっそりと隠れるように投げる視線。縋るような目。
酔っている?いや、あの程度の酒で酔う人では無い。思い当たるのはやはりあの不思議な果実。
自分も食べたがただ不味いだけで毒物では無かったと思うのだが・・・何か催淫剤のような成分が清劉のみに作用してしまっている?
 
「本当に嫌なら止めましょうか?」
「・・・恥ずかしいけど・・・おまえならいい・・・」
 
頭の中で必死に保っていた何かが弾けてしまった。そして震えて恥らうこんな可愛い人を無理矢理押さえ込み、その潤う花園に何とも非道にも一気に押し入ってしまった。
衝撃を堪えるように息を吐き、ひくひくと震える背をしっかりと抱き締めてその熱を味わう。
猛る自分を包み込む場所は確かにいつもの形なのに、本当に別人を抱いているようなこの奇妙な感覚。
ゆっくりと、しかしすぐに我慢が出来なくなり思い切り突き合わせる。未だかつて無い快感が脳髄に突き抜ける。自分はもしかしたら潜在意識でこんな彼を求めていたのかと思うと湧き上がる罪悪感がまた快感を増長させる。
自分でも驚くほどあっという間に果ててしまった。しかし一度で満足できる訳が無い。
何も無いところだからとふざけ半分に持って来た道具なども駆使しつつ、その先はもう箍が外れて理性は飛んで、犯罪者にはならないまでも変質者・・・と言われたら否定出来ないほどの行為をえんえんと夜明けの鳥が鳴くまで繰り返してしまったのだった。
 
 
眩しい・・・。
太陽が格子の隙間から差し込む。
気を失っていた。なんということだ。一体どの時点で意識を飛ばしてしまったのだろうか。清劉は・・・。
起き上がり見回すと、シャツを一枚はおっただけの清劉が窓辺に立っていた。しまった、今日の服どころか昨晩の夜着さえも用意せずにこんな・・・。
適当にスーツケースから引っ張り出したのであろうシルクに透けるなまめかしい躯の線。昨日の姿が蘇りまた体が熱くなりそうになるのを懸命に抑える。]
 
「起きたのか。随分疲れているようだな」
 
振り返った静かな瞳。いつもの冷静な声。
 
「あの・・・私は・・・」
「気持ち良さげによく寝ていた。俺が寝ている間は眠らなかった頃が懐かしいなあ?目が覚めたら驚いた。体中痣だらけで痛いし出されたものはそのままだし。余程楽しい宴でもあったようだ」
 
容赦なく繰り出される氷の言の葉。
間違いなくいつもの清劉だ。
 
「あ・・・あの・・・」
「俺は昨晩酒を飲み始めてからの記憶が無いというのに。まさかおまえ俺に怪しい薬でも盛ったか?」
「まさか!そんなことをする筈っ」
「冗談だ。俺も疲れていたからな。熟睡してしまったのだろう」
 
思わず目を見つめてしまった。もしかしてわざと知らぬ振りをされているのだろうか。恥ずかしい?まさか。ただ自分の反応を見て意地悪を言っているのでは・・・。
 
「なんだ」
「いえ・・・」
 
本当に覚えていないらしい。何と言うことだ。猛毒も劇薬も効かないその特殊な体。まさか昨日のあの果実のせいでとんでも無いことが起こったとは微塵も思っていない。
ただ寝ていただけだと・・・。だったらそんな疲れて寝込んだ無抵抗の清劉に勝手に悪戯をした自分が極悪人・・・というか変態のようではないか。
・・・いや・・・多少そういった部分も否めないが・・・。
しかし果実の効果を話したところで信じてはもらえないだろう。仕方が無い。あのことは自分だけの胸に・・・。
 
「私が悪かったです。すみませんでした」
「おい、責めている訳では無いぞ?ただ、おまえだけいい思いをしたというのが気に入らないだけだ」
「いや清劉も十分いい思いをされていたと・・・」
「ああ?」
「何でもないですっ、一人で勝手なことをして本当にすみませんでした!」
「ではその分の借りを今から返してもらおうか。ん?」
「い、今から?あんなになってもまだ足りないんですか・・・いや・・・」
 
項垂れた首に腕が回された。いつもの腕だ。気を抜くと首をへし折られるのではと恐怖と快感が同居するいつもの・・・。
そしてやはりいつもの目。凛と見据える力強い目。
いや・・・これでいいのだ。本当の清劉には可愛さ以上の計り知れない魅力が・・・。
精魂尽き果てて熟睡するほどに疲れ果ててはいたのに、その甘い香に包まれ刺激されるととたんに欲望は起き上がる。
そしてすかさずそれを口に含まれて最高に舌技を披露され、あんなに放出した後だというのに情けないほどあっと言う間にまたいかされてしまった。
代わりに自分もと伸ばした手は案の定やんわりと拒否された。
 
「そこはいいから早くおまえを・・・」
 
はい。分かりました。やはり私の口ではご不満なのですね。
それが本音・・・いやでも昨日の悦楽の極みの顔は嘘では無かった。あれが実は本当の姿なのではないか?
目を閉じてあの姿を反芻する。そしてその興奮にまたしても体は極限に張り詰める。
体躰や体勢的には抱いてはいても、まるで抱かれているようだといつも思っていた。でもそれに不満なんか無い筈だった。最高の快楽を味わっているつもりだった。
もちろんそうなのだ。今だってそうだ。だけど・・・。
自分が今、他の姿を想像して興奮しているなど、口が裂けても言えない。
でも信じてください、決して浮気では無いのです。
貴方以上の人は本当にこの世のどこにもいないけれど。
でも・・・他の者では無く、貴方自身にだったら・・・
だから・・・

ひとしきり求め合い、貪り合い、さすがに疲れ果ててまどろむベッドからゆっくりと立ち上がった。
 
「・・・ウィン?どこへ・・・?」
「ちょっと外に。さすがにお腹がすいたでしょう?昨日のあの実を少し取って来ます」
 
 
crazy・for・you・・・

 

 

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(2011/07)




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