光と虹の砂漠を君と
 
1.
 
少しハスキーな、それでいて雪原を渡るの風のようなクールな溜息。しなやかな銀髪が胸の上に落ちてきた。薄っすらとうつろに空いた瞳からは闇の中で少しだけ濃くなる不思議な色の瞳が揺れている。窓からは湖を渡る森林の香の風。互いに満足したままでこのままこうして長い夜をまどろんでいたい・・・が。油断はならない。
 
「さあてじゃあもう一回」
 
「無理!俺は寝る」
 
「一回じゃ足りないっていつも言ってんだろ、俺の愛の大きさはこんなもんじゃ全然足りないんだよ。分かった。じゃあ仁はただ寝ていればいい。俺がする。はい足あげて」
 
「だ、だめだっ、それはだめっ」
 
「なんでだよ」
 
「いやいやいや十分なんだ、ほんと十分!だからだめだっての!ど、どこをおまえは触って、こらーっ」
 
齢二十歳の。好奇心旺盛の。加えて精力絶倫の年下の恋人。細っこいながらもすくすくと育って背丈は逆転。胸に抱えて眠るだけでは満足してくれなくなってしまった。そして彼の目下の興味は・・・マウントポジションを取ること・・・
 
「入れさせて」
 
「断る」
 
「なんでだよ!」
 
「なんでもだ!そういうことを口に出すな、はしたない!」
 
困った。本当に。その類まれな能力の所為で引きこもりを余儀なくされている事情を憐れみ(違法に)各国のさまざまな映像を受信できるシステムで遊ばせてやっていたら映画を気に入ったようで、ジャンルを問わずあれこれ観たようなのだ。いや観るのはいい。視神経のコントロールにも良い。しかしどんな映画にもラブロマンスは必須なわけで。
 
だからといってなぜ俺のバックギャモンが狙われるのか。だめだ。これは年上の矜持なのだ。それにこいつに主導権を握らせたら俺はきっと全てを搾り取られて腹上死するだろう。いや、腹下死か?どっちにしたって、せっかくルウが与えてくれたこの命をたかがセックスごときで終わらせる訳にはいかないのだ。
 
「そうだ、リョーニャ。おまえラクダが見たいって言ってたろ?今度仕事で中東に行くんだ。一緒に行くか?」
 
「え?なんで急に?いつも留守番ばっかだったのに」
 
「ほらおまえ最近すごく視力コントロール頑張ってるじゃないか。何時間もの映画は見れるし本だって少しずつだけど読めるようになったし、だから実地での勉強もし始めてもいいと思うんだ。な?」
 
そうそう。体じゃなくて頭を使わせればいいんだ。暇だから余計なことばかりに興味が向く。そんな不健全なことではいけない。
 
「行きたい」
 
さっきまでのケダモノのような顔が一気に子供の顔になった。最近は全然感じることはなくなっていたが、出会った頃ルウに似ていると思ったあの表情だ。
 
「ラクダ見たい。砂漠も。雪じゃないのに雪みたいな、真っ白い砂を見たい。絵本で見たんだ。すごく綺麗だった。月が大きくて、白い服着た王様が乗ってる絵。嬉しい。行きたい」
 
自分の身を守る為の咄嗟に出た誘いだったのに、こんなに真剣な目で期待されると、ちょっと心が痛む。あくまでも仕事だからそんな砂漠の方まで出れるかどうかは、しかも外国人が行ける場所であるのかも微妙なところであるのだが。街中の観光客用のラクダに乗せて写真でも撮ってやればいいくらいのつもりだったのだが。
 
今その脳裏に一糸違わず再現されているであろう絵。見せてやりたい。望むことはなんだってしてやりたい。でも俺は周囲の天才たちとは違って、何の力も無いただの男で、どうしたらいいのかいつも手探りで、出口が見えない迷宮を彷徨い続けているだけで。
 
そう。本当はここから早く出してやらなければいけないのに。俺は正しい道を知らないから、いつまでも待たせている。もし俺でない誰かが彼を救ってくれるなら。もっと輝かせることができるなら。俺はいつでも・・・
 
「約束?」
 
「ああ・・・」
 
 
 
 
 
 
 
「というわけでおまえの出番だ」
 
「言ってる意味がわかりません。なぜ私があなたの仕事を手伝わなきゃいけないのですか。しかもあの国の」
 
「おまえは相変わらず頭が悪い。一度の説明じゃ分からないってのか。どうしようもないな。俺の仕事を手伝えなどと一言も言っていない。おまえの仕事は銀鼠のお守り・・・いやボディガードだ。重要任務だぞ」
 
「そんな重要な仕事なら自分でやりなさい」
 
「俺は忙しいんだ。だから銀鼠と親しいおまえに委託するんだよ。わからない奴だな」
 
「だったらもっと親しい帽子屋さんに頼めばいいでしょう」
 
「おいおいあのお方の本職はボディガードなんかじゃないんだよ。そうそう何度もあんな悪魔にお願いごとなんかできるか。殺されるわ」
 
「私だってボディガードじゃありません。とにかくお断り・・・」
 
「おまえ。あの国の軍事データをハッキングしたろ。国王陛下に密告するぞ。国王決済で一発でお手打ちだな」
 
「はあ?だから!あれは元MI6のアマリリス姫のばあやさんがやったことでしょう!」
 
「経歴なんか完璧に消してるし、第一あんな半ボケのばあさんがそんなことやったなんて誰が信じるか、アホが。俺があんなにあのばあさんは曲者だって教えてやっていたのに油断してパスだの解析パターンだの見せたお前が悪い。言い逃れはできない」
 
「それは確かに私の落ち度かもしれませんが・・・」
 
「あそこの国は怖いぞ。おまえの身代わりに撃たれて捕まった偽者の漆黒の小は結局誰に口封じされたのか謎の獄中死だ。国民のアイドルのカリスマ国王を狙ったやつなんか誰にどうされるか分からないお国なんだよ。おまえなんかさあてどうなっちまうんだろうか、怖いねえ。おまえは国王陛下の大切な思い人を監禁して好き放題してるんだしな。重罪だ」
 
「は?はあ?何を言ってるのかさっぱり」
 
「ま、今はあの国はあれこれごたついてるからまだごまかせる。この俺様がうまく処理してやるって言ってるんだ。な?おまえには山ほどおつりが出そうなありがたい取引じゃないか。だからよろしく」
 
「ちょっ!私はまだ引き受けるなんて一言もっ!待て!仁!」
 
 
 
 
 
「暑い。何だこの国。すっごい暑い。スコットランドも暑いけどここは俺だめだ、無理、溶ける
 
夏でも涼しい北の最果てで生まれ育ったリョーニャは暑さに弱い。普段は長い銀髪を無造作に括りあげ白肌を晒した身軽な格好で引きこもっているから、久々の外出に加えて砂漠気候のこの暑さ。すっかりへばってしまっている。
 
「でもな。この間まではホテルに空調も無かったんだ。国王の戴冠に合わせてようやく最近ヨーロッパ資本のホテルがいくつか進出したから助かったな。ずっとそこにいるといい。明後日には馬鹿犬が来るから遊んでもらえ。ったくあのうすのろ。簡単な仕事に手間取って最短でも明後日とかまったく低能で情けない」
 
「別にわざわざ黒竜を呼び出さなくたってよかったのに。仁の仕事を俺も手伝う」
 
「こんなに暑いんだからホテルでゆっくり遊んでおけ。それに馬鹿犬を呼んでやったのは親切心だ。あいつはこの国の王様に嫌われてるからこんな機会でもないと来づらいだろうなって思ってさ」
 
「また嫌がらせか。ほんとにしょうがないな」
 
「この国は太陽が沈むとだいぶ涼しくなるんだ。そしたらきっと散策も楽しめるだろう。おまえにはボディガードが必要なんだ。分かるよな?」
 
「ああ。俺は仁の歩くデータバンクだからな」
 
リョーニャはいつも誇らしげにそう言う。ひどい言い方だとウィンはいつも怒る。でもリョーニャは俺の役に立てることが一番の喜びだから。なぜ馬鹿犬が自分のために怒るのかが分からない。ひどいなどと欠片も思わない。
そして俺は、それで喜んでくれるならそういうことでいいと、おまえの無邪気さに甘えてしまう。
また自責の念が沸き起こる。
かつてルウの為になろうと必死になって、それが打ち砕かれた心の傷のせいなのかもしれない。俺には彼らと同じ場所には行けない。俺ができることはそこまでの橋渡し。いつかはその背を見送らなくてはならない。だから・・・
 
 

につづく

 

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(2014/7)




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