One Thousand and One Nights  

 

最終話

「つまり今回の物語は皇太子作と反皇太子派作の二つのシナリオが同時進行してた訳だ。向こうのシナリオはまずあの無能な護衛に王子を狙わせるが直前でその護衛を御付きの坊やが抑え込みどさくさに紛れて殺す。その混乱の中で皇太子の周りに隙を作る。そこをプロの狙撃屋が確実に狙う。狙撃屋は護衛の仲間ってことで、死人に口無しで護衛が全ての首謀者に。大活躍の御付きの坊やは新国王となる弟殿下に取り立てられお仕えするっとまあこんな所か。ありきたり。安いよなあ。失敗して当然だ」

「よくもそんな簡単に・・・これは大変な事なんですよ?まかり間違っていたらどんな恐ろしい事態になっていたか・・・第一あなたは仕事優先で本当に清劉を心配していたんですか?」

「ルウより優先するものなど無い。俺たちは繋がっているから分かるんだよ。ルウも冷静だった。おまえが撃たなくてもルウがどうにかした。騒ぎを大きくしたのはおまえだ」

「うっ」

「全く馬鹿どもは血の気が多くて困るな。邪魔だから殺してその座を奪おうなんて馬鹿としか言いようが無い。言っておくが俺はそんな頭の悪い仕事なんか受けない。そんなのを受けるのは・・・そぅそぅ、それだよ忘れてた、面白い話。くっくっく、聞きたいだろ?」

「聞きたくないです。さっぱり面白い気分じゃないんで」

「いいから聞けよ。あいつらが雇った狙撃屋見たろ?あれはおまえの偽物だったんだよ。最近南米の方で漆黒の小を名乗って荒稼ぎしてた小物だ。小柄で色黒のあいつの方が確かに漆黒の小だけどな。でもな、おまえはあいつに感謝しなきゃならないぞ。あいつはどっかの馬鹿が世界中のVIP様がさんざめく会場で発砲して王家の黄金の扇をぶっ壊しちまった器物破損の罪まで被らされたらしい。偽物が思いがけずも本物の罪を被る。面白いだろ」

「どこがどう面白いのか分かりません」

「おまえはほんと頭が悪いな。案外おまえも偽者なんじゃないのか?皇太子様が何年も掛けて調べ上げて手を回して幻の暗殺者を向こうが雇うように仕向けたんだ。一族に罪が被らないように実体が不明な漆黒の小を全ての悪人にして終わらせるつもりだったんだよ。あーあ、本当におまえがそうなれば良かったのに。おまえのような馬鹿は一生砂漠の牢獄に繋がれてて欲しいね。さてとじゃあ俺はこの辺で。ルウにも説明してやってくれ」

「やはり・・・会わないんで帰るんですね」

「留守番の子供を待たせてるんでね」

 

ホテルを出ていく仁を見送り、ウィンは最上階へと向かうエレベーターに乗り込んだ。清劉は最上階の部屋の一室で処置をしてそのまま眠っているのだ。皇太子の一行は間も無く飛行場に向かってヘリで出立するが、清劉の体が回復するまではここの最高級の部屋をそのまま使って欲しいと言われていた。

慌ただしく出立の準備をしている者達の間をかい潜り最奥のドアまで進み、身分不相応なVIP部屋にそっと入ると奥の方から話し声が聞こえた。清劉が目覚めているようだった。急いで駆け寄ると、枕元には沈痛な面持ちの皇太子が立っていた。

「ガニが陰謀に加わっているのは気づいていた。俺の行動を怪しんでいたのも。三人で幼馴染でと言ったが本当に気が合って仲が良かったのは弟とガニで・・・俺は異端だった。優しくておとなしい二人を俺は無理やり引き連れてあれこれ面白い遊びを教えてやったが楽しんでいたのは俺一人だった。二人の間に友情以上のものがあったのかどうかは知らない。でもガニは弟ばかり見ていて・・・弟の為なら命をも差し出すだろうとずっと思っていた。俺はそれが羨ましくて悔しくて・・・自分の為に命を投げてくれる者がいるということが・・・そんなことはさせない、何が何でも阻止してやろうと・・・そう思っていた。ただのやっかみがこんな大事になってしまった」

昨日までの稚拙な顔でも無く、さっきの神掛った顔でも無く、やっと年相応の顔をするようになったな、と清劉は少し上半身を起こした姿勢のままでそれを見上げた。

「ガニは何だかんだ言っても小心者だ。清劉が利用できるのではないかと、これだけの存在感を放つ清劉を側に付ければ恐れをなし諦めてくれるかと期待した。そして万が一事に至ってもガニごとき清劉が抑えてくれるだろうと・・・。酷いな、俺は。二人の絆がいかほどのものか、命をかけるということがどれ程の覚悟をもってのことなのか、全く分かっていなかった。清劉・・・こんなことに巻き込んで本当に・・・」

「未来の王が簡単に頭を下げるな。確かにおまえは焦り過ぎていた。子供でいられる内は子供でいればいいのだ。それに早くていいことなんか無いぞ?もっと鍛えないと」

清劉の手がすっとトルーファの腰を撫でると、神妙な面持ちが見る間に崩れた。

「な・・・何するんだっ・・・」

「ははっ」

「・・・」

「ん?どうした?」

「その綺麗な体に、傷をつけてしまったな・・・」

「自分の意志でやったことだ。俺はおまえを守りたいから守った。こんな傷なんか本当にたいしたことじゃない。見たろう?俺の体は元から傷だらけだ。ここにももっと深い傷が」

何やら漂う怪しい雰囲気の中。あろうことか腿を肌蹴て見せようとしている清劉の体をウィンはすかさずシーツで覆った。

「うわっ、何だ。ウィンどこに行っていたのだ」

「王家の方の前ではしたないですよ」

「俺たちは一緒に風呂に入った仲だぞ」

ウィンの顔色が変わったのを知ってか知らずか清劉はまたトルーファの方に目を向けた。

「俺の体よりも国の心配だ。どうなってる」

「既に発砲事件は知られてしまったので一大事になっている。とにかくこれから直ぐに帰国する」

「ガニは罪を負うのか?俺を狙ったことにしておけばいい。彼は風呂の中のこともベッドでのことも知っている。皇太子を誑かし惑わそうとした怪しい外国人を成敗しようとしたとでも」

「え、しっ知ってたの?って、だめだよ清劉。あれだけの目の中での仕業だ。誰を狙ったのかは誤魔化しようが無い。これも俺のミスなんだ。派手にした方が向こうが雇った暗殺者という悪人が全ての目に明らかになっていいと思った。だからあの会場内ででそいつを捕えてもらうように依頼した。まさかそこでガニが捨て身の行動を起こすとは思わなかったから・・・」

「トルーファ。これで最後だ。今もしおまえが泣きたいのなら俺の前で泣いておけ」

「なぜそんな、俺は泣きたくなど・・・」

「契約は終わりだ。天命として一緒にいられるのはこれが最後」

「・・・また俺は一人になるのか?もう守ってはもらえないのか?」

「刺し傷が浅いのは躊躇いがあったからだ。ガニは友人として、幼馴染みとして、本当におまえの幸せを願っていた。おまえを他の誰かから守る為に寝ずの番をしていた心は本物だ。あの目に嘘は無かった。ただ本心を見せてくれないおまえを信じることが出来ず不安に押し流されただけだ」

「・・・」

「おまえが気づこうとしないだけでおまえは多くの者に守られている。一人じゃない」

「何が悪かったのだ?どうすればいいのだ?教えてくれ、清劉」

「何が正しいのかなど誰も分からない。でも強い意志をもって王となるおまえが決めたこと、それが真だ」

じっと黙って清劉を見つめていたトルーファの瞳からやがて涙が溢れて落ちた。それは暫しキラキラと落ち続け宝飾の間で乱反射し、それこそが一番高価な石のように眩しい程に煌めいた。それを白い袖でぐいっと拭うとトルーファは力強く宣言した。

「分かった。もう逃げない。全てを受け入れ俺は王になろう。穢れの誹りも罪人の子の蔑みも恐れずこの身を賭けて国を最良の方向に導く。法も正しく変えよう。清劉。本当は一緒に国に来て欲しい。もっと教えて欲しい。守って欲しい」

「俺は共には歩けない。でもただの友人でいいならこれからも続けてやる」

「父の気持ちが今なら分かる。父が外国人を娶るなんて無謀をしたのは心から母を愛していたからだ。王になるには自分の自由な足は諦めねばならない。しかし自分の足を売る代わりに万物を掴む手を得られる。それを勝手と言わせるかどうかは王としての実力次第だ」

トルーファの目の涙は乾き、未だかつてない程に威厳に満ち輝いているのを清劉はほれぼれと眺めて聞いていたが、続いた言葉に腰が砕けそうになった。

「俺は王になったらまず男性を妻に迎えることを許容する」

「・・・は?」

「試した結果得た答えだ。清劉こそ俺の天命の者。王となる俺がそう思うのだからそれは真なのだな?」

「あ・・・ああ」

「俺の手の元に来てくれ、清劉」

それは正しく法を変えることになるのだろうか?と笑ってやるにはあまりにも真剣な言葉と表情に返答できずにいる清劉の代わりに、ウィンが二人の間に立ちふさがりにこりと微笑み優しく告げた。

「殿下、お戯れが過ぎますよ。『分別ある大人』をからかうものではありません。さあそろそろお時間では無いですか?皆さんがお待ちかねです」

しかしトルーファはウィンの最終形態ともいえる暗黒の微笑など物ともせず、身分的にはかなり無礼な発言すら心に留めることも無く、ちらりと一瞥しただけで容赦無く切り捨てるのだった。

「なるほど、狭心な男だ。なぜおまえごときが清劉ほどの者を独り占めしようとする。選ぶのは清劉だ。それに重婚は当たり前のことだろう?俺もまずは婚約者との婚儀を行わなければならないし恐らく他にも数名の妃を迎えることにはなるが、案ずるな。世継ぎは持てなくともどの妃よりも大切にする。清劉がそうしてくれたように、俺も命をかけて清劉を守ろう」

「そ・・・そうか」

「清劉、何を納得しているんですか?!誰がそんなことを許すとでも思ってっあっ!何をっ!?待ちなさいっ!!」

ウィンの阻止の声など未来の王が聞く耳を持つ筈も無く、トルーファの煌めく宝石に飾られた長い指が清劉の前髪をかき分け額に口づけが落とされたのは、まるで本当に物語の挿絵のように美しい光景だった。

 

 

皇太子の一行が撤去し、広い部屋に残された二人。

ウィンはさっきから押し黙って肩を落としている。その落ち込み振りに、申し訳無くも笑いが込み上げるのを必死でこらえ清劉は優しく話しかけた。

「そんなに気を落とすな。子供のしたことだ、かわいいもんじゃないか」

「子供子供って、いつもだったら子供だろうが何だろうがここまで他人の浸食を許すあなたではないでしょう!?」

「そうだな。何だろうか、トルーファは他人の気がしない。必死で大人になろうとして、そのくせ子供に戻りたくて・・・そんな屈折していた昔の自分を見ているようで」

「他人です!」

「俺はトルーファが好きだ。おまえらを見ていて同族嫌悪とは言い得て妙だと常々思っていたがそうでは無いこともあるのだなと。ああおまえらも何だかんだで実は仲がいいしな」

「何を言っているんですか!って言うかおまえらって、らって誰のことですか!ああ、言わなくていいです!あなたの口からあの男の名は聞きたくない!」

「友人を持つなと?」

「必要以上に近づくのは許しません」

「・・・おまえだって銀色のを可愛がっているじゃないか」

「まさかその腹いせにこんなことをしたって言うのでは無いですよね!?」

「いや。本当にトルーファが気に入ったから付き合ったのだ。俺だって友人の一人くらい作ってもいいだろう」

「求婚されてキスされたんですよ?友人の域を超えているでしょう。ああもうなぜこんなことになってしまったのか。あなたは何をやっていたのですか。そう言えばいつ一緒に風呂になど・・・腕枕なんてことも言ってましたね?一緒に寝たんですか!?本当にアラブに嫁入りするつもりですかっ!?」

「風呂でもベッドでもあんなにベタベタ触られても我慢した忍耐力を褒めて欲しいものだが」

「・・・触られた・・・」

「凄い殺気だ。第一夫人はおまえを雇うべきだったな」

「全くだ!あんな偽物なんか!ああでも私が皇太子を狙っていたら帽子屋は私を撃ったからそうしたら清劉は本当にアラブに連れて行かれてしまったかもしれない。それはだめだ!しかし帽子屋を雇うなんてまともな子供のすることじゃないぞ。第一なんだ偽物とはいえなぜ私がお家騒動のゴタゴタの罪を被せられて砂漠の牢獄に幽閉など・・・。子供の振りをしたとんでもない悪魔だ。悪魔祓いを・・・」

仕事の疲れだろうか、何か混乱して意味不明な言葉をぶつぶつ呟いているが大丈夫だろうかと少し心配する清劉の肩にウィンが瞼を寄せて来た。

「おい、今度は泣いているのか?」

「私にはあなたの前で泣く権利は無いのですか?」

「ウィン・・・おまえの方が子供のようだ」

「誰のせいでこんな風に情けない男になってしまったと思っているのですか。本当にどうしてあなたは私を困らせてばかり・・・」

「決まっている。そういうおまえの反応が楽しいからだ」

「・・・酷いです」

「安心しろ。俺は豪奢な宮殿で贅沢三昧の日々を送るよりも貧しくともおまえとこうして楽しく暮らす方がいい」

「貧しいとは・・・好き勝手させる為に一睡もしないで働いていたのに。あなたを満足させる為には私はどれだけ働けば・・・なのに働いている隙にまた好き勝手をされる。縛りあげておくしか無いのか・・・」

「昨日からずっと俺の今までを思い出していた。でも俺は今おまえと一緒にこうして過ごす現実が一番だと思ったのだ。さあ夢物語は終わりだ。ウィン。二人きりで楽しいことをしないか?」

「またどうせ昨日みたいに大してその気は無いのでしょう。もう誤魔化されませんよ」

やれやれ、今回は手強いな、と苦笑しながら、清劉は肩口に寄せられた本当に子供のように不貞腐れる顔をそっと引き寄せ服を肌蹴た胸に抱いた。

目の前の薄い紅の誘いを、さすがのウィンも無視することは出来なかった。唇を寄せるとすぐさま反応し固くそしてより紅く色付くそれに多少の恨みを込めて歯を立てると、享楽の声が聞こえた。それに煽られ舌を動かしながらも小さくウィンは呟いた。

「・・・狭心と言われてもいい。だから・・・」

「ああっ・・・ん?」

「もう他の誰かの為にこの体を傷つけないで」

「・・・努力する」

回された腕に力が籠り、耳の側で響く鼓動が早くなった。それはまるで冷静な態度とは裏腹に気持ちが高まっている証拠であり、ウィンの強固な壁は完全に崩れ落ちた。

「傷が・・・痛むでしょう」

「痛みなど忘れる位激しくすればいい。縛るか?」

「それは冗談です。でも・・・もう我慢できない。泣いても止めませんよ?」

「想像しただけで期待に震えて泣きそうだ」

そう言って本当に潤んで揺れる瞳。もうそれが誤魔化しだろうが演技だろうが何でもいい、とウィンはその体を押し倒し強く抱き締めたが、そんな気持ちを見抜くかのように、更に優しい毒が耳を侵した。

「俺の全てを好きにできるのは、おまえだけだ」

 

サイドテーブルに置かれたクリスタルの中のフロートキャンドルがしゅっと音を立てて消え、薄闇の中で二つの影が激しく絡み合った。

部屋はいつしか甘い吐息に上書きされ、千夜一夜の夢はジャスミンの香りと共にゆっくりと消えて行った。

 

end

 

 

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(2012/2)




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