PRIDE
 
1.
 
 
今日も今日とて相変わらず海の向こうから不快な電話攻撃を受けている。
そろそろ一時間にもなろうか。いい加減イライラも最高潮に達してきたので邪魔をしてやろうとドアを開けると意外なことに電話はすでに切られ、竹の衝立の向こうで薄赤い行燈だけを灯した中で清劉がぼうっと考え事をしていた。
 
「どうしたんですか?仁になにか嫌なことを言われたんですか?」
 
「いや・・・ああでも言われたと言えば言われた・・・」
 
「許さん!」
 
「待て。違うんだ。おまえの・・・」
 
「私の?私のことで何か言われたんですか?本当にあいつはっ!」
 
「やはり考えてもどうにもならないな。ああそうだ、おまえのことだ。この間俺が北欧の悪魔に依頼した仕事が完了して、その成功報酬の件でチェンに連絡があったそうなんだがその内容が・・・」
 
「内容が?」
 
「おまえに荷物持ちをさせると」
 
「は?荷物持ち?」
 
「何か意味がある言葉なのかそうでないのか俺にもよく分からない。チェンにはおまえのリハビリだと言ったそうだ」
 
「あの悪魔がそんな慈善事業をしてくる訳がないでしょう。詐欺師の戯言なんか聞かなくていい。冗談じゃないですよ、断って下さい」
 
「おまえがそう言うのももっともだ。これは俺の責任だから俺が行く」
 
「え?どうして!なぜそんな話になるんですか?」
 
「それほど今回の依頼は大きなものだったんだ。トルーファくらいの財力と権力があればどうにでもなるだろうがさすがに一見の極東の組織では信用的な部分が不足しているんだ。それは紹介した俺にも責はある。荷物持ちくらいで許してもらえるなら行くしかないだろう」
 
「だめです!そんなのは絶対だめだ!私が行きます!」
 
「・・・」
 
「うっ・・・だって仕方ないでしょう。あなたにそんなことをさせられる訳がない。私が運んできますよ!カバンでも帽子ケースでも!」
 
 
 
 
 
 
さすがに事前準備が必要だろうとの仁の提案でまずはスコットランドへと向かった。帽子屋についてのデータは仁の方が持っているしなによりそこにはあの悪魔と対等に渡り合えるこの世でただ一人のデビルマスターがいるのだ。
 
この地に来るのは二度目だが前は観光もする間も無く空港からとんぼ返りだったのでこうしてゆっくりと見渡す景色はほぼ初めてのものだ。
静かな湖の町だ。上海ともあの雪国とも趣を異にする。なぜ仁がここに長く滞在しているのかは知らないが確かに心静かに暮らすには良いところだと思った。
 
しかしこの美しい湖畔の景色を楽しめるほどの余裕が無い。心が重い。どうしてこんなことになってしまったのだろうか。
 
本当にあの憎らしい男は自分の迎えの為だけに車を出すことなどしてくれはしないようだ。もちろんこっちだってあんな小さな車にあの男と二人きりなんて御免こうむるが。
空港でタクシーをつかまえ暫く走り、緑の小路を歩くと間もなく目的の場所へと到着した。
 
「いらっしゃい!嬉しい、お客さんが来るなんて初めてだ。迷わず来れた?」
 
小さな古い民家のドアから満面の笑顔でデビルマスターが飛び出してきた。
また背が伸びたようだ。以前気に入っていた雑貨などの上海の土産を渡すと飛び上がって喜んでいるが、こんな玩具で子ども扱いするのはさすがに気が引けるほどの成長ぶりだ。
 
「お久し振りです銀鼠。とても素敵な所ですね。ゆっくりしたいですがそうもいかないのが残念です。本当にこれがただの旅行だったらどんなにいいかと心から思いますよ」
 
「浮かない顔だね、黒竜。大丈夫だよ、帽子屋さんは楽しくていい人だよ。あの時のドライブだってすっごく楽しかっただろ?いいなあ、帽子屋さんと仕事かあ。俺も一緒に行きたいな」
 
「楽しかった・・・ですか?そんなことを言ってあげるのはきっと世界中に銀鼠一人だけだから可愛がってもらえるんでしょうね」
 
「おお来たか、病犬。迎えにも行かないで悪かったなあ、生憎うちの車は犬用のケージを積んでいないもんでね。しかしまあ荷物を運ばせるなんて帽子屋は各国の駄犬を集めて犬ぞり部隊でも作る気かね」
 
「仁。まったくどうしてこんなことになるんでしょうね?有能な仲介屋だったらもっとうまく交渉できなかったんですか?とんだ詐欺行為だ。これで法外な仲介料を取ろうなんて言うんだったら訴えますよ」
 
「はあ?だいたいな、おまえが全て悪いんだ。嘘っぱちな虚像で伝説になんかなってるからあの帽子屋のプライドを無用に刺激しちまってるんだろう。ったく帽子屋も実際会って真実を知ればこんな馬鹿をうっかりライバル視してしまってることを後悔するに違いないさ。後悔させるのは勝手だがこっちに火の粉を飛ばさないでくれよ」
 
言い争いを割くように高い機械音が鳴り響いた。
 
「あ、エマージェンシー入ってるよ。帽子屋さんだ。俺出るね」
 
手際よくスイッチを操り妨害電波を切って回線を繋ぎ、友達と話す様に、いや実際友達なのだが銀鼠は楽しそうに談笑を始めた。
 
「あの回線の先には世界最強の暗殺者がいるなんて信じられないだろう」
 
「ええ。あれを手本にとか言われてもあんな気軽な会話は私にはできませんよ・・・」
 
「あはは、おっけー。はい、どうぞ」
 
暫く話していたマイクを銀鼠が何でもないようにぽいっと渡して来た。
 
「え、え、え?ちょっと待って下さい、む、無理」
 
「しっ!!馬鹿、待たせるなんて失礼なことをするな!皆殺しだぞ!」
 
「そんな!ちょっとだったらあなたが、ほら、仲介者なんだから!」
 
「いいから早く出ろよ!おまえが受けた仕事だろうが!」
 
「あんたらなにやってんの。ワイド集声にしちゃってるから全部聞こえてるよ」
 
「ひいっ!」
 
「とにかくほら。はい、黒竜」
 
「・・・う・・・あ」
 
意を決してマイクを受け取った。銀鼠がつけてくれたヘッドフォンから懐かしい低い笑い声が響いてきた。それだけで背筋には冷たい汗が流れた。
 
『DEEP BLACKか』
 
「いや・・・あの・・・」
 
『・・・』
 
「あああ・・・なんと言うか・・・はい」
 
もう名前なんか何でもいいととにかく懸命に気を整えた。
 
「今回はあの・・・運搬の仕事をご依頼との・・・」
 
『病気。治してやるよ』
 
「は・・・はあ?」
 
『また連絡する』
 
 
===、===、===
 
「切れちゃった?帽子屋さんってほら身を隠さなきゃいけないから回線は一定時間で必ず切ってIPも変えちゃうんだ。またそのうち掛かってくるよ。じゃあそれまで遊ぼう、黒竜」
 
「は・・・はい、あのその前に水を一杯いただけますか?」
 
「水じゃなくてスコッチを出してやる。ほらだから言ったろう、リハビリだって。悪魔だってたまには気まぐれでいいことをしてみたくなったりもするんだろう。まあ・・・頑張れ。ルウのためにな」
 
「・・・はい」
 
 
 
 
につづく
 

 

 拍手する



(2013/6)




戻る

inserted by FC2 system